【顧問の紹介】

 

 2020年より野島一彦先生(跡見学園女子大学教授、九州大学名誉教授)が顧問を引き受けてくださいました。以下は先生が書かれたもので、先生のことがよく分かります。

 

私のPCA

 

*私にとってのPCAの源流との出会い

私は1966年に九州大学教育学部に入学し1970年に卒業しました。1960年代後半から1970年にかけては、全国的に学生運動(学生闘争)が盛んな時代で、大学の授業は行われず、大学のキャンパスは教員を追い出して学生が占拠して、激しい暴力も行われていました。学生の主張は「権力あるものが権力を使って弱いものを支配する事に我々若者は反対である」と、権力に対して非常に反発があったのです。そういう状況の中でたまたまカウンセリングの本を通してロジャースの考えと出会いました。「人間関係は力で押さえつけるのではなく、信頼関係を基にして成り立つのが良いのではないか」と書いてあり、これを読んで私は鳥肌が立ち、「本当にそうだな」と思いました。それで、それ以降はロジャースが好きになり、ロジャースの本を読んだり、直接お会いしたりして、その考え・生き方を学び、それらが私の考え・生き方の中核となり、現在に至っています。

 

*村山正治先生との出会い

 教育学部時代の指導教官は精神分析の前田重治先生でしたが、私がロジャースが好きだと言ったら、当時、教養部におられた村山正治先生を紹介してくださいました。1970年に大学院に進学してからは村山先生の指導を受けることになりました。村山先生は自分が担当しておられたカウンセリングのテープを貸してくださいましたが、それを聞いて、それまでのイメージ(クライエント中心療法はオウム返しをするのが特徴)が崩れました、村山先生はよく笑いながらのびのびと応答をされていたのです。また村山先生からは、エンカウンター・グループのことを教えていただき、エンカウンター・グループを好きになり、その実践と研究のために1970年に福岡人間関係研究会を一緒に設立し、年に数回のエンカウンター・グループ実践、月例会、「エンカウンター通信」の発行を行うようになりました。また村山先生はフォーカシングにも興味を示され、院生との研究会ではジェンドリンの文献を読んだりしました。

 

*院生時代の多様な先生との出会いがPCAの深まり・広まりに貢献

 1970~1975年の院生時代の九州大学にはPCAの立場以外の多様な先生がおられ、そのような先生方との接触が私のPCAの深まり・広まりにつながったように思います。森田療法の池田数好先生、精神分析の前田重治先生、動作法の成瀬悟策先生、グループダイナミックスの三隅二不二先生、感受性訓練の関計夫先生などがおられ、授業を受けることができました。ロジャースは「意識」を重視するヒューマニスティック心理学の流れの人ですが、人間を理解するには「無意識」を重視する精神分析、「行動」を重視する行動主義のことも学ぶことがPCAの深まり・広まりに貢献するように思います。つまり、人間は「意識」、「無意識」、「行動」の3次元一体で生きているように思うからです。

 

*人間関係研究会での仲間との出会い

 私は1971年の人間関係研究会(1970年に畠瀬稔先生を中心に設立)の摩耶山でのエンカウンター・グループに参加して以来、この会のグループには何度も参加していましたが、1983年にスタッフになりました。この会はわが国のエンカウンター・グループの実践と研究を熱心にやっている人たちの会で、多くの仲間と刺激を得ることになりました。1月には23日のスタッフミーティングがあり、エンカウンター・グループをめぐりいろいろな意見交換ができました。また、夏には清里プログラムということで、多くのスタッフが泊まり込み、いろいろなスタッフと組んでエンカウンター・グループを行いました。

 

*ロジャースとの2度の直接的出会い

 私は2度、ロジャースと直接出会う機会がありました。1度目は博士課程2年生の1974年の夏休みに、当時エンカウンター・グループのメッカとでも呼ぶべき「ラ・ホイヤ・プログラム」(17日間)と「クライエント中心療法ワークショップ」(17日間)に参加しました。そこで初めて文献を通してのロジャースではなく生きた72歳のロジャースと出会いました(私は27歳)。印象としては、彼は農夫のようで、ゆったりとして安定感がある人だなと思いました。驚いたのはワークショップ中、ロジャースは椅子に座っていて、女子学生らしい一人が床に寝そべって彼と会話をしている場面を見たことです。女子学生がそのようにしていたのは、彼との間で安心感、信頼感を持っていたからだと思います。自然とそのような雰囲気を醸し出していたのではと思います。「クライエント中心療法ワークショップ」は翌年の1975年には「パーソンセンタード・アプローチ・ワークショップ」と名称が変わり、それには平木典子先生や小谷英文先生が参加されました。

2度目は19835月に人間関係研究会がお招きしての埼玉県嵐山でのワークショップです。参加者交流のプログラムでは、81歳の彼とハグをすることができました(私は35歳)。とても大きな暖かい彼を感じました。彼はカウンセリングのデモンストレーションをしてくれましたが、それを見て彼の中核理論である態度3条件(自己一致、受容、共感的理解)がそこにあると強く思いました。彼は言っていることと、行うことがきちんと一致している人だなと思いました。

 

*個人カウンセリング

 私は19701972年は実習として心療内科病院、その後精神科病院と精神科クリニックで40年間、学生相談室で26年間、中高一貫校のスクールカウンセラーで19年間、跡見学園女子大学の心理教育相談所で8年間、個人カウンセリングを担当してきました。いずれもPCAをベースとするカウンセリングです。一般にPCAは統合失調症者のカウンセリングには向かないのではと言われていますが、私は精神科病院と精神科クリニックでは統合失調症者のカウンセリングを行ってきました。PCAがベースなのですが、統合失調症者の場合はサポートを多く取り入れるのが特徴です。ちなみにある学会で、集団精神療法で有名なヤーロム先生の統合失調症者を想定した集団精神療法のデモンストレーション(ロールプレイ)を観察する機会がありましたが、私が個人カウンセリングでやっているのと同じような動きをされていたのが印象的でした。

 

*エンカウンター・グループ

 私は1970年から今日に至るまで50年間、エンカウンター・グループの実践と研究を続けてきました。1971年の日本心理学会での畠瀬稔先生と私のエンカウンター・グループの発表はわが国で最初のエンカウンター・グループの研究発表となっています。修士論文も博士論文もエンカウンター・グループで書きました。エンカウンター・グループ構成論、グループプロセス論、個人プロセス論、ファシリテーション論等の研究をしてきました。

特異な実践としては、精神科病院での統合失調症者を対象としたエンカウンター・グループチックな「心理ミーティング」(毎週75分間)を25年間(1156セッション)やってきました。エンカウンター・グループはPCAの原理が大事にされる場だと私は考えています。私は非構成的グループ(ベーシック・エンカウンター・グループ)がもっともPCAらしいと思っており、一番好きです。しかし、時代状況のなかで、構成的グループ、半構成的グループの工夫もしてきました。直近ではこの3タイプをシリーズとして実践することをしています。

 

*私にとってPCAとは何か

 改めて私にとってPCAとは何かを考えると、理論的キーワードとしては「実現傾向」、「態度3条件」、「自己概念と経験」、「十分に機能する人間」等を大切にして、①自分自身がそのように生きること、②他者とそのように関わることであると思います。

 実現傾向については、ロジャース自身が非指示的カウンセリング→クライエント中心療法→エンカウンター・グループ→パーソンセンタード・アプローチ→ピース・プロジェクトとどんどん展開していった姿からそういったものが人間にはあるのだと思います。

 態度3条件については、彼の論文からだけでなく、直接お会いして、間近にカウンセリングのデモンストレーションを観察させてもらったことからそれは現実にありうるのだと思います。

 自己概念と経験、十分に機能する人間については、自分自身のあり方を検討するときに役に立っています。

 私が自分をPCAであると考える際に大事にしている2つのことがあります。

 1つは「心の羅針盤」です。人は皆、自分がどのように生きていくのかを示す「心の羅針盤」を持っていると思っています。カウンセリングでは、カウンセラーは「灯台」となりその人を導くのではなく、その人と一緒になってその人の「心の羅針盤」が示している方向を見つけることだと考えています。

 もう1つは「自主判断、自主行動、自己責任」です。人は皆、物事を自主判断する力があると思います。そしてそれに基づいて自主行動をするのです。自主行動をした結果、思ったようにいったり、いかなかったりしますが、どのような結果になろうとも自己が責任をとらねばならないのです。クライエントはこのようなプロセスをとるのがなかなか難しいのですが、カウンセラーが寄り添うことを通してこれができるようになっていきます。「自主判断、自主行動、自己責任」ができることが、私は<主体性>だと考えています。

 

*公認心理師制度の「現実化」

私は1970年以来、心理職の国家資格化に向けて、努力をしてきました。私が大事にしているカウンセリングを行う人の国家資格化は人間の心の問題への支援を考えるとその質の担保のために当然であると思いました。これは私のPCA的生き方と深く関わっていると思っています。国家資格化をめざして1982年に日本心理臨床学会が設立され、これが中心となり500万円の資金援助をもとに1988年に日本臨床心理士資格認定協会が創設され、(一挙に国家資格は無理なので一階梯としての)民間資格である<臨床心理士>が誕生しました。その後、さらに国家資格化の運動は続き、2015年に念願の国家資格である<公認心理師>が法制化されました。そして2018年には日本心理臨床学会(当時私は理事長)からの8000万円の資金援助等をもとに日本心理研修センターが創設され、2018年度には<公認心理師>がようやく誕生しました。

 心理職の国家資格化は私のライフワークです。国家資格化は「実現化」したけれども、その「現実化」(きちんとした資質を持つ公認心理師を輩出すること)が現在の・今後の大きな課題です。私はそのためにさらに私のライフワークを続けることにしています。

 

2020.10.25